特攻殉国の碑

この碑が建立されている地区は「川棚町新谷(しんがえ)郷」です。
1944年(昭和19年)、新谷郷に魚雷艇訓練所が設置され、目前の大村湾で船操縦の訓練が行われました。
訓練する隊員たちの宿舎や施設が新谷郷一帯に突貫工事で建設されていきます。
山間には敵機空襲に備え、機銃台も設置されたようです。
魚雷艇の訓練には程なくして、特攻艇の編成、訓練が加わることになりました。
戦況悪化の中で生み出された戦法の特攻。命を犠牲にして敵に一撃を加える戦い方で、特攻艇もその1つでした。
特攻艇は「震洋」と名付けられましたが、攻撃方法の機密保持のため、暗号名「マルヨン」と呼称されています。
ここで訓練を行った青年たちの数はおそらく1万は越えると推測。命を落とした若者たちの冥福を祈るために建立されたのが特攻殉国の碑です。
特攻の実態を伝える資料館、実寸大に復元された震洋の模型が展示されています。

毎年5月には新谷郷主催で慰霊祭が行われています。