川棚魚雷艇訓練所跡
小串湾の一角にある臨時魚雷艇訓練所の跡。川棚町の「戦争の歴史」。

1889年、佐世保に鎮守府(海軍本部)が設置されます。
軍艦や魚雷などの兵器も製造され、軍港の街として発展していきました。
ここで製造された魚雷の性能をチェックする場所として川棚の三越郷片島が選ばれました。
なぜここが選ばれたのか?
一番の大きな理由は、大村湾が南下に広がっていたからです。

大村湾は陸地に囲まれた内海です。波静かで穏やかであることから、魚雷の試射をするには最適な場所だったことが挙げられます。
佐世保の近くで船で運べる場所ありながら、辺境の地であった川棚は、機密漏洩の心配がありませんでした。
魚雷発射場が設置されたのは1918年。

建造から100年以上の年月が経過し、廃虚となりながらもそびえ立つ姿は圧巻です。
現在は、老朽化の為建物内への立ち入りはできませんが、当時の建築技術の高さも伺える遺構となっています。
